【ピースデポ第18回総会記念講演会・抄録(1)】   
「北朝鮮核開発の現状と非核化の課題
――発想を変え、ロードマップを描くとき」             石坂浩一(立教大学准教授)

公開日:2017.07.14

 私はこの10年近く、「日朝国交正常化連絡会」の共同代表を務めてきました。重要な問題に我々が十分取り組めていないと思っており、皆さんに私の知っていることをお伝えしつつ、学び合っていけたらいいと思います。後半の田巻さんの核兵器禁止条約の話について事前に資料を拝見しました。私が考えていることと一致することも多く、議論の中で深めていければと思います。

分岐点にたつ朝鮮半島の核情勢

 トランプ米政権が誕生しました。韓国ではパク・クネ(朴槿恵)政権が退陣直前の状況にあります。昨日、18回目の「ろうそく集会」という朴槿恵大統領退陣要求の集会が行われました。100万人が集まったと韓国のマスコミは伝えています。一方、朴槿恵を支持する集会の数もだんだん多くなっています。最初は軍人出身の極右勢力の動員で来ている人々が中心でしたが、最近宗教右翼が加わってきています。今朝の『東京新聞』は、「彼らが300万人集まったと大言壮語した」と報じていますが、実際には2桁くらい違うのではないかと思います。朴槿恵政権は最期の時を迎えていると思いますが、それに抵抗する右翼的な動きも強まっています。対立が激化する傾向にあることは間違いありません。加えて北朝鮮がどうなるかを予測することは難しい。
 そんな中、チョ・ソンニョル(趙成烈)という韓国の国家安保戦略研究院責任研究員が北東アジアにおける軍事バランスの3つの可能性を述べています。①日韓が核保有をして北朝鮮と対抗するようになる:トランプが候補者であった時期の言動から、アメリカが核保有を容認する姿勢に進むのではないかという予測です。②北朝鮮が非核化を受け入れ、日韓朝が非核兵器地帯条約を締結し、米中ロは核不使用の方向に進む:これはピースデポがずっと訴えてきたことです。そのプロセスは日韓が非核兵器地帯条約を結び、米中ロから消極的安全保証の約束を取り付け、北朝鮮の非核化に進むというものです。いろいろなアイディアが市民や研究者から出ているということで、その中で梅林さんの名前も紹介されています。もうひとつの可能性は、③北朝鮮は核保有し、米国は日韓への核の傘提供で対抗する:つまり現状維持。北朝鮮の核保有が深化し、よいありかたではない。
 このような分岐点に立って私たちが今どうすればいいか、材料提供をしたいと思います。

金正恩体制をどうみるか

 まず、キム・ジョンウン(金正恩)体制について簡単に述べます。このところ日本のマスコミはキム・ジョンナム(金正男)氏と思われる人物が殺害されたというニュースで大騒ぎになっています。金正恩体制はこの間動揺している様子がないという評価を受けてきた。そのため金正男氏が殺されたのはなぜだろうかということになっています。昨年5月に朝鮮労働党大会を久しぶりに開き、6月には国会に当たる最高人民会議において憲法も変え、北朝鮮の政治体制は金正恩を中心として回っていくことへスムーズに移行していると捉えられています。党内でも金正恩氏は党委員長という肩書になり、労働党大会の中でも活動総括で(北朝鮮は)「責任ある核保有国」であると自己規定されています。
 最高人民会議では憲法改正が行われました。今までは国防委員会が中心となってキム・ジョンイル(金正日)が委員長だったのが金正恩氏の代になって臨時の第一委員長となっていました。今回の改正で正恩氏は国務委員会の委員長となっています。政治体制は軍の方に権力が移っていたものが改めて党中心の体制になってきている。国家社会主義体制の通常の体制に戻ってきていると評価されています。金正恩体制では軍人はそれほど重視されていません。指導者が若く、世代交代が進んでいます。若い指導者だからまとめる力がないのではないかという揺さぶりが周囲から起こっています。それゆえ自分たちの国防力・軍事力を誇示することを強く意識しているのだと思います。
 昨年は何度もミサイルの発射が行われました。昨年6月23日に「火星(ファソン)10」が、8月25日に潜水艦発射弾道ミサイル「北極星(プッククソン)」が、今年になって安倍首相の訪米中の2月12日に地対地中長距離弾道ミサイル「北極星2」が発射されました。ミサイル性能特性試験の内容が『朝鮮中央通信』に詳しく発表されています。当初は、このころにICBMを発射するのではないかと言われていました。それは金正恩氏が新年辞で大陸間弾道ミサイル(ICBM)実験準備が最終段階だと表明していたからです。トランプが「ICBMなどない」と言うのに対して、北朝鮮は「いつでもどこでも指導者の意のままにICBMを発射できる」と反論しました。若い指導者がアメリカや周辺国から侮られないよう強い姿勢を示しているのであろうと思います。

「まず核放棄」に固執しなければ対話の糸口は有る

 それでは北朝鮮の方針が軍事一辺倒で冒険主義的かというと本心はそうでないだろうと思います。昨年7月6日の北朝鮮政府報道官声明というものがあり、それを見ると、これが本当のところではないかなと思わされます。日本のマスコミではほとんど注目されませんでした。内容は次のようなものです。①韓国にある米国の核をすべて公開すること、②韓国から米国のすべての核兵器と基地を撤去し検証を受けること、③朝鮮半島とその周辺にある核攻撃手段を二度と持ち込まないと保証すること、④核による脅しと攻撃を行わないこと、⑤米軍の撤退を「宣布」すること。これらが実現されれば北朝鮮も「相応する措置」をとる。⑤の米軍の撤退を「宣布」するとなっているのは米軍の撤退をすぐにしろというのではなく、いずれ撤退すると言えば自分たちも相応の措置を取るという意味だと思われます。
 いま米朝間に対話はなく、チェ・ソニ(崔善姫)という米州局長が米国への入国が認められず、国務省を引退した人が北朝鮮側と会って意見交換するいわゆる「トラック2」をトランプ政権が認めなかった、と今朝の新聞は報じていました。かぼそい糸でつながっているという状況の中で北朝鮮は何らかのきっかけをつかみたいと考えていると思います。そのきっかけについてオバマ政権は、核の放棄が優先だと言い続けてきました。最終的には北朝鮮が核を放棄すべきだと私も思います。しかし対話の入り口が核の放棄というのは難しい。米国国務省の関係者も、オバマ時代のことですが核の「凍結」から始めて対話に入らないといけないと言っていました。そのように北朝鮮とアメリカとの対話が作られていけばと思います。

金正恩の「並進路線」は経済優先

 北朝鮮の「並進路線」のうち核の問題について深く踏み込んでお話しします。並進路線は一般的に核開発と経済発展を同時に追求することだと言われています。祖父のキム・イルソン(金日成)の時代に同じような並進路線を言ったことがあるので、これにあやかって利用していると日本でも解説されています。この並進路線にも時代的変遷があることを北韓大学院大学のキム・ドンヨプ(金東葉)氏が述べています。この方は金正男氏の事件の最初のころに『毎日新聞』に冷静で参考になる談話を寄せていた人です。金氏によれば、「並進路線」は次のような変遷をとげてきました。
 1962年に金日成氏は、対立関係にある他の派閥の人々を排除していく過程で「国防経済並進路線」を主張しました。それは国防力を南に対抗して強化しなければならない、今は贅沢できないけれども、国民は「ベルトを締めて」(ひもじさに耐えて)一緒に働いてくれ、というものでした。これは並進路線と言いながらも実は国防を優先するという路線でした。金正日時代に入ると、「先軍経済路線」がとられ、ますます国防や軍事に力点が置かれるようになりました。実は金正日氏は、現在北朝鮮で行われているような経済改革をその頃から考えていて、こんにち行われていることは、金正日氏が考えていたけれどうまく実行できなかったものを改めて進めているという側面があります。
 これに対して、金正恩時代の13年に明らかにされた「経済・核武力並進路線」は明らかに軍事力より経済を優先させるという並進路線だということができます。12年4月15日に「太陽節100周年」つまり金日成氏が生まれて100年の閲兵式が行われました。ここで金正恩氏は公開演説のデビューをし、「わが人民が2度とベルトをきつく締めあげることなく、社会主義の富貴栄華を存分に享受できるようにしよう」と述べました。北朝鮮の経済状況が良くないことを述べているということですが、人民が富貴栄華を享受できるようにしたい、というのは彼のカラーを出した発言だと思います。14年8月の労働新聞の論説「わが革命の最終勝利を確固として担保する戦略的路線」は、「新たな並進路線の真の優越性は、国防費を追加的に増やさずとも戦争抑止力と防衛力の効果を決定的に高めることにより経済建設と人民生活向上に力を集中することができるようにするところにある」と述べています。
 韓国の研究者がずっと言ってきたことですが、通常兵器で北が南に対抗することは経済力からできない、従って核を持つことで戦略的優位を保ちたいという意思から核兵器に執着している、という考え方を裏書きするような論説が北側でも出てきているということです。経済を活かすための核開発と言われていますが、制裁が継続しており、対外経済が閉ざされてしまい経済を活かすこともうまくいかないのが現状です。核を持つうえに経済もうまく進めようとするのは虫のいい話で、そう簡単に物事は進みません。韓国の研究者が指摘しており、日本から見てもある程度はわかるわけですが、我々には経済路線が成功しているようには見えません。北朝鮮の国民生活や民生が向上するところに至っていない。しかし訪朝した人の話を聞くと、ピョンヤンだけを見ると物資が出回り、飢餓とモノ不足の共和国ではなくなってきている。金正恩政権の並進路線は一定程度実行されているが、核開発をしながら、という条件下では限界があると考えることができます。だから封鎖や制裁ではなく経済協力や民生向上の協力が入り口になるのではないかと考えられます。

「圧迫」から「関与」への転換を

 北朝鮮の核開発が依拠する法律にどのように書いてあるかをみましょう。13年に制定された「核保有国地位確立法」には次のように書かれています。
第1条 共和国の核兵器はわが共和国に対する米国の持続的で度重なる敵視政策と核の脅威に対処してやむを得ず保有することになった正当な防衛手段である。
第2条 共和国の核武力は世界の非核化が実現される時まで……服務する。
第9条 共和国は核戦争の脅威を解消し究極的に核兵器のない世界を建設するため闘争し、核軍拡競争に反対し、核軍縮のための国際的な努力を積極的に支持する。
 これを簡単に実行してくれるとは期待できませんが、「皆さんの国の法律は、こう言ってますよね」と私たちは言うことはできると思います。一緒に非核化をしましょうという時に、究極的には非核化したいと皆さんの国の法律もこのように定めていますよね、と私たちは言えるはずです。
 前出の趙成烈氏は核保有数と戦略の変化について次のように言っています。
20個以下――韓米の先制攻撃に対する報復
50個保有――日本への限定的核使用の可能性
100個到達――米国も攻撃目標とし先制使用の脅威を与えることも可能
 このまま放置すれば北朝鮮は核兵器を増やして100個くらいに到達したら米国に脅威を与える力を持てるという状況にある。オバマ政権は戦略的忍耐と言いながら北朝鮮が核を増やすのを放置した。今、関与しなければこの状況は変わらないことを改めて私たちは確認して日本政府にそのことを伝えていかなければなりません。
 朴槿恵政権は。北朝鮮に対する圧迫政策に傾斜してきました。15、16年の就任後最初の2年間は少しあいまいなところもありましたが、北朝鮮を圧迫して打倒する方向で進めてきました。しかしその大統領自身が市民社会に打倒されるところに来ています。朴槿恵政権が交代して新しい政権ができる。状況はプラスの方向に変わるということになると思います。昨年日本政府が米国の核先行不使用宣言に反対したというニュースを聞きました。この先行不使用をオバマが言うと、北朝鮮に対する圧迫が期待するほど強くなくなると、日本政府は考えたのかなと思いました。
 日本の独自制裁が北朝鮮に対して行われています。制裁が必ずしも成果につながっていません。しかし在日朝鮮人の人々は祖国と往来することに不便を被っている。制裁は在日朝鮮人に対するいじめにしかなっていない。日本の中の排外主義を高める効果はあるが、核の問題を解決する方向を見いだせていない。元外務省軍縮・不拡散科学部長(現ウィーン日本代表部大使)の北野充さんが、著書で北朝鮮の核実験に対して、過去にしたことに対する制裁になっているが未来を変えるための制裁になっているだろうか、という指摘をされていた。北野さんは、今のままではだめだということが分かっている方だと思いました。今の日本と韓国の政策は必ずしも良い方向に動かしてこなかった。これからの北朝鮮に対するアプローチが問われています。

非核化へのロードマップ

 想定しうる非核化へのロードマップを考えてみました。私がこの10年くらい携わってきた日朝国交正常化が不可欠なのではないかということを盛り込んだ問題提起です。

第1段階:対話の再構成
 第1段階としては、米朝は対話できない状況だが対話の場をもう一度再構成して持たなければならないのではないかと思います。そこから関与することが起こらなければならないのではないか。日本政府、米国政府が関与しなければこの問題は解決しません。米国が核先行不使用を宣言し、通常兵器による攻撃をしないと宣言する見返りに北朝鮮が核開発を凍結し実験停止と核兵器の増産中止を行う。そこから対話に入っていく。何らかの糸口を見つけなければなりません。それは、さきほど述べた昨年7月の北朝鮮政府声明や6者協議の共同宣言などにある程度含まれています。そうしたものを活かしながらいかに有効な形で再生させていくかということです。
 2000年代は6者協議を進めてきたが、6者という枠組みですべての話し合いが行えるか明らかでない。むしろ6者にこだわらないで何が優先課題か見極め協議を進めることが重要ではないかと思います。この間中国が、制裁は必要だが対話によって一つひとつ問題を解決しないと前進はできないと繰り返し要求しています。その通りだと思います。関係国が制裁の一部解除などで対話の環境を作ることが必要だと思います。拉致被害者の家族の皆さんがこれ以上待てないということで、北朝鮮が拉致被害者を全員帰国させるならば制裁を解除して対話に臨むべきだと政府に申し入れたという報道が出ていました。全員帰すという設定に問題があるように思いますが、そういう方向で対話に入ることは日本の政府にとって重要なことだと思います。
 韓国は今の状況では4月末か5月初めに大統領選挙になります。主要な大統領候補たちはケソン(開城)工業団地を再開することを訴えています。開城工業団地は北朝鮮の土地を借りて労働力を使っていますが、韓国の企業のものなので制裁措置があっても韓国側が再開を言いやすいところがある。開城工業団地再開をきっかけにして打開を図りたいのが大統領候補たちの考え方だと思います。しかし金正男氏の問題があったので韓国側の警戒の世論がこれまでより高くなる可能性があります。韓国は一番先に手を付ける場所がないので開城工業団地が重要なポイントになると思います。右派勢力はこれに対して強い抵抗を見せるだろうというのが今後のポイントです。韓国で一番先に動きがありそうな予感がします。

第2段階:平和定着の枠組み作り
 こうしたきっかけが作られていくと、第2段階として具体的な平和定着のための枠組み作りに入れると思います。これまでの北朝鮮を巡る合意は米朝のものが多いですが、南北合意事項があります。6者協議の共同宣言もあります。これまで出たものは次のようなものです:
90年代の米朝合意/米朝共同コミュニケ/南北非核化共同宣言/南北基本合意書/10.4南北共同宣言/6者協議の2005年9月19日共同声明
 このような、現在事実上死文化しているような合意事項を生き返らせ保証するシステムを作ることが重要と思います。こうして朝鮮半島における平和定着のためのシステムを形成していくことによって朝鮮半島をより安定した状況にし、相互不可侵、信頼構築、軍縮システムの確立が進んでいく状況が作れれば、核兵器の凍結から削減、廃棄への道筋が見えてくるだろうと思います。実際に話し合うときには、これらを一つのパッケージとして提示して話し合うことになるだろうと思います。一つずつ話し合うことはない。どれが先になるかわからないが、核開発の凍結は周辺国およびアメリカが納得しなければならない条件なので、そこからどうやって進めるか。
 朝鮮半島は昔から統一が言われていますが、いま南北統一は簡単ではない。南北朝鮮の人々が選択をして、統一に向かって安定した平和な民族国家ができることは悲願ですが、統一国家を作ることが簡単ではないということは初めての南北首脳会談でキム・デジュン(金大中)さんが身にしみて感じたことだと聞いています。統一は成就するかもしれませんが、今一番重要なことは朝鮮半島の平和定着だと思います。平和定着のシステムはどこから作るか。核の問題があり、通常兵器の問題があり、人的交流の問題もあります。韓国が開城工業団地を造って相互依存的な南北の関係を作ることが実は平和定着の第一歩だったが今機能していない。日本もそういう相互依存的な状況にしていくことが大切と思っています。北朝鮮と国交正常化し、経済協力をする。どちらが先になるかわかりませんが、経済協力を部分的に始めておいて何年後かに国交正常化しようという約束の仕方もあるかもしれません。かつて米朝の枠組み合意で原発を提供するというのがありました。今はあの時と違い自然エネルギーや人々の生活を向上させるためのツールが昔よりも増えています。「人々の生活を豊かにする」と皆さんの指導者もそう言ったではないですか、と伝えて国交正常化を交渉しながら経済協力を始めていくことも可能かもしれません。
 経済関係の相互依存的な関係を作って平和を定着させていかないと核の問題や緊張の問題は解けない。私たちは知恵を絞らなければならない。この後の田巻さんの話を含めて良いアイディアを生み出して世論として作り上げていきたいと思います。
(まとめ:ピースデポ)

石坂浩一(いしざか こういち) 

 1958 年生まれ。立教大学異文化コミュニケーション学部教員。2016 年度以降、立教大学平和・コミュニティ研究機構代表。「東北アジアに非核・平和の確立を!日朝国交正常化を求める連絡会」で発足時から共同代表を務める。韓国社会論、日朝・日韓関係史専攻。編著に『北朝鮮を知るための51 章』(明石書店)、共編著に『現代韓国を知るための60 章』(明石書店)、共著に『金大中と日韓関係』(延世大学金大中図書館)などがある。