【寄稿】 科学技術で拡大する「軍学協同」――9条問題と同質、市民からも議論を
公開日:2017.04.14
1.はじめに
最近、大学をめぐるきな臭い動きが強まってきている。防衛省は、2015年度から「安全保障技術研究推進制度」1を作り、大学および民間の研究機関に研究費を供与し始めた。戦後ずっと軍事研究を拒否してきた学者も金につられて揺れ始めた。日本学術会議は、軍との関係について再検討を開始し、2017年春には新しいガイドラインを出そうとしている。
これらの動きの起点は、2013年暮に安倍内閣が決めた「国家安全保障戦略」と「防衛計画大綱」2の中で、大学等との連携の充実等により「防衛にも応用可能な民生技術(デュアルユース技術)の積極的な活用に努める」(「大綱」)という方針を出したことにある。現時点では、日本の科学研究費に軍事が占める割合は極めて小さい。しかし、今が分かれ目である。歴史と現状を冷静に見て、判断したい。雑誌「科学」(岩波書店発行)の10月号は、「軍事研究と学術」を特集していて、参考になる。
2.日本の科学技術と軍事研究の歴史
戦前の帝国大学は「国家の須要な学術研究」のために作られた。東京帝大工学部には、造兵学科が置かれた。昭和になってから、大阪帝大、九州帝大や名古屋帝大の理学部など理工系が増設された。大東亜戦争中は、陸海軍の主導の下に、学者たちは戦時研究に組み込まれた。その中で、朝永振一郎、小谷正雄らの理論物理学者も、海軍の強力電波兵器の開発に動員され、マイクロ波の発振機構の解明を研究した。
戦後、原子核、航空機などの研究は占領軍によって禁止された。1949年に発足した日本学術会議3は1950年4月の総会で、過去の反省を基盤として、「戦争を目的とする科学の研究には絶対従わない決意の表明」を行った。しかし、同年に朝鮮戦争が勃発すると風向きが変わり、その後の総会では同様な声明は可決されなかった。1966年に開催された半導体国際会議などに極東米軍の資金が提供されたことが明るみになった。この会議を主催した日本物理学会は、1967年9月、会員請求による臨時総会を開いた。そうして今後「内外を問わず軍隊と援助その他一切の協力関係を持たない」という決議3を可決した。学術会議も、1967年10月、「軍事目的のための研究は行なわない」とする声明を改めて発表した。この背景には、ベトナム戦争下の当時の反戦運動があった。
日本政府は、1967年以来、「武器輸出三原則」を堅持し、武器の輸出は事実上全面的に禁止された。いくつかの例外があったが、それらは殺傷能力のない装備に限られていた4。しかし、2011年の官房長官談話5、2013年の国家安全保障会議の設置、防衛大綱の決定をへて、輸出規制は大幅に緩められ、2014年4月には「防衛装備移転三原則」が閣議決定された。それでも、日本の防衛産業の規模は年額2兆円程度で、全工業生産額250兆円の0.8%に過ぎない。
日本の科学研究費の総額は、年間約18兆円で、その内国防研究費は約1,700億円である。これは、米国の総額45兆円、国防6兆円に比べれば少ない6。米国では、国防研究費が民間、政府機関、大学にわたって支出され、産官学軍需産業複合体を支えている。日本の国防研究費は、ほとんど防衛省技術研究本部で使われている。「1.」で述べた安全保障技術研究推進費は、2016年度は6億円でしかない。来年度は110億円が概算要求されているが、米国のような状況にはほど遠い。しかし、研究費の供与はないが、防衛省と九大などの大学や研究機関との協力協定は、すでにいくつか結ばれている。また、米軍の資金もさまざまな形で流入している。
3.軍事研究の問題点
学術会議の2015年秋の総会で大西隆会長は、防衛省や米国防総省等の競争的資金による研究公募に対する考え方など軍事と学術との関係について、過去の声明の見直しを含めた検討を行うことを問題提起した。これについては賛否両論があり、今年の6月に検討委員会が設置された。いくつかの論点を述べる。
軍事研究の第1の問題点は、言うまでもなく、軍事目的のために科学技術を使うということである。直接の殺傷目的でなければ良いではないかという意見もある。しかし、多くの戦争が自衛のためとして戦われた。また、現代の戦争では情報収集や処理、通信、輸送など広い技術が使われ、それらは結局、殺傷行為につながっている。
次に、軍事の常として、軍事研究では統制と機密保持が要請される。これは、学問の自由や公開の自由という科学研究の基盤となる権利を束縛する。上記の安全保障技術研究推進制度では、防衛装備庁が詳しい説明付きの研究課題を示している。応募して採択された研究は、進行状況を装備庁などのオフィサーが管理し、発表についても防衛省の確認が必要となる。自由はない。
第3に、デュアルユースであるから、民生技術の開発にも役立つので、研究費の出どころは問わないという考えがある。元々、科学や技術は両刃の剣と言われ、直接軍事目的ではないとして研究していても、いつ軍事に悪用されるか分からないから絶えず注意しなければならないとされて来た。しかし、すでに述べた諸制度は、民生技術の軍事への転用を目標としている。例えば、九州大学と防衛省との間に、「爆薬の探知」をテーマとする協力協定が2013年6月に締結されている。これは、長年味覚や嗅覚についてT教授を中心になされ、空港での探知器などに応用が考えられていた研究に防衛省が着目したものである。2013年1月、九大の味覚・嗅覚センサー研究開発センターの開所式には、防衛技研の陸上装備研究所長が来賓祝辞を述べている。安保研究推進制度では、民生への転用を誘い文句としているが、それは研究終了後に許可を得て可能になるのである。
4.研究費の配分を決めるのは誰か
国立大学の経常的運営経費は年率1%で減額が続き、研究者は競争的資金の獲得に追われている。しかし、大局的に見ると、経常費は年間1兆2,000億円(人件費を含む)ある。競争的資金は、文部省3,500億円、厚労省400億円、経産省100億円、環境省30億円で、防衛省はわずか6億円である。それでも応募する研究者がいるが、その件数は本年度は44件(うち大学23件)で、昨年度の107件(うち大学58件)に比べて半数以下である。学術会議の検討の様子を見て保留していること、また大学内外の批判を気にしていることがその理由だろう。
学者は金に弱い。学術会議が発足のころ行った「研究の自由が一番あった時代はいつか」というアンケートに、大東亜戦争中を挙げた研究者が多かった。したがって、軍事研究への関わり方の議論を、学者だけに任せてはおけない。納税者である市民たちも加わるべきである。
軍事費からの資金なしで戦後70年続いてきた日本の科学研究は、世界的には特異な例である。それは、憲法第9条と同質である。それを棄てて「普通の国」に向かうのか、維持して包括的軍縮へ向かうのか、選択の時である。
注
1 www.mod.go.jp/atla/funding.html
2 いずれも13年12月17日安全保障会議及び閣議決定。
3 www.scj.go.jp/ja/scj/
4 望月衣塑子『武器輸出と日本企業』(角川新書、2016年)、p.105。
5 「防衛装備品等の海外移転に関する基準」についての官房長官談話(11年12月27日)。
6 数字はデータがそろっている13年(平成25年版)「科学技術要覧」によった。www.mext.go.jp/b_menu/toukei/006/006b/koumoku.htm