【英核戦力トライデント】 メイ新政権下の下院議会、議決で更新を再確認 スコットランド出身議員は圧倒的に反対
公開日:2017.04.14
英国議会下院は7月18日、「英国の核戦力」を主題に討議と投票を行った。就任間もないメイ首相がこの日、「バンガード級潜水艦を4隻の後継艦に交代させて現行の核戦力を維持する」などとする動議を提出1。動議は5時間半を超える討議の末、投票に付され、賛成472、反対117の賛成多数で可決された。
英国唯一の核戦力トライデント2は、20年代以降に耐用年限を迎える原潜4隻を交代させる更新決定が労働党政権下の06年になされた。従来、潜水艦建造の予算の「主要支出決定」を16年頃に行うとされていたが、15年11月の「防衛・安全保障見直し」(SDSR)では、更新計画の規模の大きさと複雑性を理由に、主要支出決定はせず段階的に投資計画を定める方針に変更された3。今年3月、ファロン国防相は、予算支出を決めるためではなく核戦力更新の原則を確認するため、恐らくは7月以降に下院で議決を行うとしていた4。
「EU離脱後も核抑止で欧州防衛」示す
7月18日の議決実施は同月9日、キャメロン首相(当時)が決定した。キャメロン氏がこの日、ワルシャワのNATOサミット会場で議決実施を発表したのには、EU離脱後も引き続き欧州の安全保障に取り組むとの英国の姿勢を示す狙いがあったとも推測されている5。EU残留を訴えていた同氏は6月23日国民投票での離脱派勝利を受け辞任する意向を表明していたが、9日時点ではまだ保守党党首選の9月実施が見込まれていたことから、任期中に自ら議決を実施するつもりでいた。ところが11日、他候補の撤退で次期党首候補がメイ氏1人となったことから党首選が取りやめられ、メイ氏は同日党首に、13日には首相に就任した。キャメロン氏の議決実施決定を支持していたメイ首相6は予定通り下院で討議と投票を実施した。
討議では目新しい論点はほとんど出なかったようだ。英米安全保障情報評議会(BASIC)の分析7によると、更新賛成派は、核保有は安全保障上の脅威を抑止する、雇用を生む、技術革新をもたらす、といったメリットを挙げた。他方、反対派は、高額かつ数値化しにくいコスト、通常兵器や保健・教育に予算を回す必要性、核兵器の反道徳性、スコットランドが核戦力を抱える不当性、水中ドローンなど新技術への潜水艦の脆弱性、などの問題を指摘した。
投票結果の内訳を党派別にみると、賛成は保守党が322、労働党が141、その他9。反対は保守党1、労働党48、スコットランド国民党(SNP)52、その他16であった。更新反対派のコービン党首らの主張と党従来方針とのねじれを抱える労働党8は議員の自由投票とした9ところ、およそ3対1で賛成が反対を上回り、それ以外に41人が棄権または欠席した10。
党内がほぼ更新賛成一色の保守党政権にとってこの時期の議決は、EU離脱の国民投票で生じた党内の亀裂を修復し、メイ首相の「お披露目」を行って新政権の船出に弾みをつけると共に、更新の可否などを巡り党内の足並みが乱れている労働党に打撃を加える好機だった。実際、安定多数での更新可決や労働党内での票の割れ方を見ると、そうした効果はあったのかもしれない。
スコットランド独立論の再燃も
ただ、今回の投票結果で見逃せないのは、全員反対のSNP議員をはじめ、原潜基地を抱えるスコットランドの出身議員58人中57人が党派を超えて反対票を投じたことだ。国民投票でEU残留票が多数を占め14年住民投票時の独立機運が再燃したといわれる同地域だが、住民投票の争点でもあったトライデント更新が改めて確認されたことで、独立の論議が再活性化する可能性がある。
イングラムBASIC専務理事は、このスコットランド独立問題のほか、更新経費がさらに膨らむ可能性、対潜戦技術の急速な発達、核なき世界を目指す国際社会の動きの加速などにかんがみ、トライデント更新問題は今回の議決で決着がついてはいないと述べている11。トライデントをとりまく状況は変化し続けており、更新政策の不合理は今後も追及されるだろう。(荒井摂子)
注
1 動議を含む全討議内容と投票結果は英議会議事録に掲載。https://hansard.parliament.uk/
2 核弾頭搭載の潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM)トライデントⅡを配備した原子力潜水艦4隻からなる「トライデント・システム」の略称。
3 2015年版「国家安全保障戦略および防衛・安全保障見直し」(SDSR)4.76節。
4 16年3月3日付「ハフィントンポストUK」(電子版)。
5 16年7月9日付「ロイター通信」(電子版)。
6 16年7月17日付「ガーディアン」(電子版)。
7 BASICウェブサイト内(www.basicint.org)記事「Monday’s Trident Debate」。
8 本誌494号(16年4月15日付)参照。
9 16年7月19日付「BBCニュース」(電子版)。
10 16年7月18日付「ガーディアン」(電子版)。
11 16年7月18日付BASICブログ投稿。
www.basicint.org/blogs