オバマ「広島演説」と備蓄核弾頭  「核なき世界」実現の道はなお険しい――日本市民は何をなすべきか

公開日:2017.07.15

オバマ大統領が広島への歴史的訪問に旅立つ直前、私たちは、米国が依然として巨大な核兵器備蓄を有する超大国であるという事実を、米国防総省のデータによって突き付けられた。それは、「ヒロシマ」の歴史的意味を考察し、核兵器と戦争の廃絶をよびかけた大統領の演説と余りにも大きな落差のある事実であった。この現実を見据えつつ、まだ活路は見いだしうると指摘する米科学者連盟(FAS)のハンス・クリステンセン氏の論考を参照しながら、「核兵器のない世界」のために日本市民のなすべきことを考える。


 だから我々はここに来るのだ。我々はここに、この街の中心に立ち、自らを奮い立たせて爆弾が投下された瞬間を想像する。自らを奮い立たせて眼前の光景に慄いている子どもたちの恐怖を感じ取り、声なき叫びに耳を澄ます。我々は、あの恐ろしい戦争の連なりの中で殺された、すべての無辜の人々のことを思いおこす。そして、それ以前の戦争や、その後に起こった戦争で殺された人々のことを思いおこすのだ。(オバマ大統領「広島演説」から)

 5月27日、バラク・オバマ大統領は、現職の米大統領として初めて被爆地・広島を訪問した。原爆死没者慰霊碑の前での演説1は、抑制的基調でありながら、大統領の思想性を十分に伝えるものであった。日本国内には「被爆者への謝罪」を求める声もあったが、米国内世論に配慮して考え抜かれた表現であったと理解できる。現職大統領として広島を訪問すること自体が、私たちが想像する以上の勇気を必要とする行為であったと思われる。
 大統領の言葉には心に響くものが多かった。しかし、基本的なところで私たちに全面的な賛同を強くためらわせたのは、大統領がなすことのできた成果が、余りにも小さいものであったという事実である。そのことを示すのが、国防総省が発表した2つの数表であった2。そこには、2015年末における米国の備蓄核弾頭数が4,571発であり、オバマ政権によって削減された弾頭数が702発であったと記されている。
 この事実に関する全米科学者連盟(FAS)のハンス・クリステンセンによる5月26日付の論考を4~6ページに資料として全訳する。クリステンセンは次のようにオバマ政権の核軍縮実績を喝破する。「これらの数字は、オバマ政権による核備蓄の削減数が冷戦後の他のどの大統領よりも少なく、2015年に解体された核弾頭数はオバマ大統領の就任以来最小であることを示している。」

プラハ演説に示された「責任と希望」

 2009年4月5日、オバマ大統領はプラハでの演説において、「核兵器を使用した唯一の核保有国として、米国には行動する道義的責任がある」とした上で、「核兵器のない世界の平和と安全を追求すること」を誓った。大統領がその目標達成の道筋として示したのは次の3つであった。1)核兵器のない世界に向けた具体的措置、2)核不拡散条約(NPT)の強化、3)核保安の体制強化。そして、大統領はこれらの目標は国際的協調なくしては達成できないと述べた。「我々だけではこの努力を成功に導くことはできない。しかし我々は先導できる。スタートを切ることができる。」
 大統領は次のようにも述べた。「冷戦思考に終止符を打つべく、国家安全保障戦略における核兵器の役割を低下させる。」 
 オバマ政権は、新START条約の締結と発効、イラン核合意、「核保安サミット」の開催をふくむ核保安体制の強化などの実績をあげた。それらはみな決して小さくない国際協調の成果であった。しかし、肝心な自国の核弾頭数の削減は、702発にとどまっている。

オバマを縛った議会保守派ら

 新STARTは、米ロ両国が発効7年後(2018年)に達成すべき削減目標として、配備核弾頭1,550発、配備運搬手段700基(機)という低い目標を設定するものであった。それにもかかわらず批准承認の決定権を握る議会保守派は強く抵抗した。新STARTの批准承認には上院の3分の2以上の同意が必要であった。
 結局、オバマ政権は新START批准と引き換えに、任期を超えた10年に及ぶ議会保守派からの監視と拘束を受け入れなければならなかった。10年12月の上院の新START批准承認決議4には、核戦力の安全性、信頼性及び性能を確保するために必要な資金を「最低限2010会計年国防認可法1251節に従い議会に提示された大統領の10年計画に示されたレベルにおいて提供することを誓約する」との条項が盛り込まれた。これは、国家核安全保障管理局(NNSA)所管の備蓄核兵器維持管理計画(SSMP)に10年間で総額844億ドル、加えて核戦力の近代化に10年間にわたり1,000億ドル以上の支出が義務付けられることを意味した。

見えない新START後の「さらなる削減」

 2013年6月19日、大統領は、ベルリンにおいてプラハに次いで2度目となる核兵器に関する演説5を行った。ここで、大統領は、「配備戦略核兵器を最大3分の1削減したとしても、米国と同盟国の安全保障を確かにし、強力かつ信頼性のある戦略的抑止を維持することが可能である」と述べ、そのためにロシアとの交渉を追求する意欲を示した。先に示した新STARTの目標値を起点にすれば、配備戦略核兵器は1,000発程度まで削減可能ということになる。これは2010年核態勢見直し(NPR)に対する政権内部の追加分析に関連して予想された3つの選択肢――約1,000~1,100発、700~800発、300~400発の中で最も消極的な選択肢であった。クリステンセンは言及していないが、それが大統領の意欲と、軍、国防総省の実務者や軍産複合体の利害関係者との「綱引き」の結果であったという現実は直視せざるをえない。
 ウクライナ政変に伴うクリミア半島のロシア編入や欧州ミサイル防衛(MD)計画を巡る米ロの対立が激化したことなどから、ロシアとの交渉は全く進展をみていない。世界全体で約1万5,000発ある核兵器の約93%を占める米ロの核削減が進まなければ核軍縮の前進はのぞめない。
 クリステンセンは、オバマ大統領とその後継者には、まだ挽回のチャンスが残されていると指摘する。そして、政府の核兵器近代化計画に記載された、重力落下式爆弾の半数削減、新STARTで計画された以上の48発の潜水艦発射弾道ミサイルの削減、余剰W76弾頭の2020年代後半における一方的な削減を含む備蓄削減を実行に移すよう提案している。

日本に問われるもの

 オバマ大統領は、プラハでも広島でも核兵器のない世界という目標は「直ちに達成できるものではない、おそらく私の生きている間には」と述べている。この時彼の脳裏には、米上院保守派、軍の実務者そして軍産複合体、そして予想されるロシアとの交渉の困難があったのだろう。
 日本の私たちは問わなければならない。「核兵器の役割を縮小する」という大統領のプラハでの誓約を、日本の政治家や外交・防衛実務者は同盟関係における自らの課題として受け止め、行動したであろうか。市民はそれを促す世論を高めることができただろうか。
 これは、戦争被爆国日本が本来背負うべき、人類の未来にかかわる課題である。日本の市民は、例えば北東アジア非核兵器地帯構想を推進し、日本の安全保障政策を核抑止力に依存しないものへと転換してゆくことを通して、核兵器のない世界へのビジョンの現実化をリードすることができる。(湯浅一郎、田巻一彦)


1 演説全文のピースデポ訳は次のサイト。
www.peacedepot.org/resources/others/obama-hiroshima-160527.html
2 「1962年~2015年における備蓄核兵器数」及び「エネルギー省による核兵器解体活動(会計年度1994~2015)。
http://open.defense.gov/Portals/23/Documents/frddwg/2015_Tables_UNCLASS.pdf
3 ピースデポ・イアブック「核軍縮・平和―市民と自治体のために」2014年版・基礎資料1-10(264ページ)に抜粋訳。
4 本誌369号(11年2月1日)に抜粋訳。
5 本誌427-8号(13年7月15日)に抜粋訳。