【英核戦力トライデント】  
英国労働党、「トライデント更新」方針再検討に着手  支持母体の労組は雇用のため「更新推進」

公開日:2017.07.18

 英国では、唯一の核戦力である「トライデント・システム」の更新をめぐって、政府と議会が予算支出を決定すべき重要な時期を迎えている。
 「トライデント・システム」(以下「トライデント」)は、核弾頭搭載の潜水艦発射型弾道ミサイル「トライデントⅡ(D-5)」を配備した4隻のバンガード級原子力潜水艦で構成され、うち1隻が常時海上をパトロールする「継続的海上抑止」(CASD)と呼ばれるローテーション態勢が維持されている。
 これら原潜4隻が2020年代以降に順次、耐用年限を迎えることから、後継艦を就航させてトライデントを維持するとの政府決定が、労働党ブレア政権下でなされたのは06年のことであった。この方針は保守党キャメロン政権にも引き継がれ、10年10月発表の「防衛・安全保障見直し」(SDSR)1では、16年頃に潜水艦建造契約締結などに向けた主要支出決定を政府が行うとの方針が打ち出された。このように、トライデント更新については、労働党は保守党と同様、党としてこれを肯定する立場を取ってきていた2

トライデント廃棄を掲げる新党首

 このような状況に一石を投じたのが、トライデント廃棄の主張を掲げるジェレミー・コービン労働党新党首の登場である。彼は総選挙敗北で辞任したミリバンド前党首に代わり、党首選で60%近い票を獲得して15年9月12日に党首に就任した。
英国最大の反核運動組織・核軍縮キャンペーン(CND)の副議長でもあるコービン氏は、党首選運動で「英国と世界をより安全な場所にするため、英国はNPT上の核軍縮義務を果たし核軍縮への『具体的進展を加速』すべきであり、トライデントを更新すべきではない」3と主張した。そして、党首就任後初となる9月下旬の党年次大会でトライデント更新の是非を討議し採決することを提案した。
 コービン新党首のトライデント廃棄の主張が党内で一定の支持を集めているのは確かだ。各地にある党の下部組織にもトライデント更新反対決議を採択する動きがみられ4、原潜の母港・ファスレーンを抱えるスコットランド労働党は独自にトライデント廃棄の方針を採択している5
 しかし、党大会での議決の提案には、党下部組織の7.1%、支持母体の労組に至っては0.16%の賛成しか得られず、トライデント更新の是非は党大会の議題となるに至らなかった6。また、大会最終日の9月30日にコービン党首がBBCラジオ番組で「首相になったら核兵器使用の許可は決して出さない」と語ったことに対しては、核抑止力を容認する同党「影の内閣」の閣僚たちの一部から批判の声があがった7

労組に根強い「更新推進論」

 このような党内分岐の背景には雇用問題をめぐる労組の危機感がある。
 トライデント後継艦開発は防衛省と3つの企業により共同で進められ、約2,200人が従事するとされている。防衛省は、今後の製造段階で最大6千人分の雇用が生まれ、英国企業約850社が関与すると試算している8。トライデント更新は経済的に困窮する地域の一部に30年の雇用保障をもたらすとの議論もある9
 コービン氏は「防衛産業の多様化」政策でこれに対抗する10。彼は「核兵器依存から脱するに際し、現在トライデント関連の仕事を含め広く防衛産業に従事する人々の雇用と技能を確実に守ることを約束する」と述べ、技術転用や雇用創出の研究・立案を行う機関として、政労使が関与する「防衛多様化庁」の設置を提案する。これらは、2020年次期総選挙後の政権奪還を見据えて準備されている構想である。
 しかし、こうした対案にもかかわらず、英国最大の労組・ユナイト(組合員147万人)は、組合員とその雇用を守るためトライデント更新に賛成するとの既存の方針を、今年7月の定期大会で再確認する方向と伝えられる11。また、約60万人を擁する全国都市一般労組(GMB)もトライデント廃棄に反対する集会を開くなど、トライデント更新賛成の立場を強固に維持している12
 党内の根強い更新推進論に直面するコービン党首の側からは、妥協案も提起されるに至っている。例えば、16年1月17日、コービン氏はBBCの取材に「潜水艦に核を搭載する必要はない」と答え、核弾頭を搭載しないなら後継艦導入に反対しない可能性を示唆した13。さらには、ソーンベリー影の防衛大臣の下で進む党の防衛政策見直し(次項で詳述する)において、核弾頭を潜水艦より低コストの航空機に搭載する案が浮上しているとの報道もある14

党首主導のもとで防衛政策見直し

 党の従来方針を変更するには、年次大会での3分の2以上の議決が必要となる。そこでコービン党首は、16年9月の次期党大会でトライデント更新推進の現行党方針を変更することをめざし、今年1月、トライデント廃棄派のエミリー・ソーンベリー議員を「影の内閣」国防大臣に指名して党の防衛政策見直しに着手した。ソーンベリー氏が発表した「英国の安全保障:労働党の防衛政策見直し」15は、計5分野18項目にわたる検討課題の1つとして「英国の核戦力の更新は、国の安全保障と外交・防衛政策上の目的追及に役立つか」と問題提起し、トライデントの是非について議論することを呼びかけている。党では、この文書に対する意見を、16年4月末まで党員、労組、軍関係者・防衛産業従事者、大学・研究機関、一般市民を含む幅広い人々から募っている。そして意見集約を経て今夏に報告書を公表、それを踏まえた最終的な方針決定を9月の党大会で行うとしている。
 一方、トライデント更新のための予算支出に関する下院議決は、6月23日のEU離脱を問う国民投票の後、少なくも今年7月以降となる見通しであり、9月の党大会後まですれこむとの憶測もある16。議決までにコービン指導部と既存の党方針との間の「ねじれ」が解消されない場合には、労働党は下院の議決では「自主投票」にせざるをえないとの見方がある17。また、自身はトライデント更新賛成派であるバーナム影の内務大臣は、「党内の2つの立場の調整は不可能かもしれない。党は両論を何とか抱えつつ、この問題のみに党内議論を占領させることなく前進していかねばならない」旨、述べている18
 2月27日にロンドンで行われたトライデント廃棄を求めるデモは数万人が参加して大きな盛り上がりを見せた。英国のトライデント反対世論は健在である。党首就任間もない頃、「可能な限りトライデント更新賛成派を説得したい」と語る一方で「党の分裂は避けたい」としたコービン氏19。党内の結束を維持しつつ、核依存からの脱却に向けた政策転換を実現できるのか、注視していきたい。(荒井摂子)


1 ピースデポ・イアブック「核軍縮・平和」2011年版、資料3-6(299ページ~)に部分訳。
2 労働党の2015年選挙マニフェストは「継続的海上抑止(CASD)を通じて提供される、最小限の信頼性ある独立した核戦力を引き続き保持する」としている。
3 コービン氏党首選キャンペーンサイト内の平和・軍縮関連政策ページ(ページ内に防衛政策文書へのリンク)。www.jeremyforlabour.com/defence_diversification
4 「労働党CND」ウェブサイト。www.labourcnd.org.uk/2016/01/clps-say-no-to-trident/
5 15年11月1日「BBCニュース」(電子版)。
6 15年9月27日「ガーディアン」(電子版)。
7 15年9月30日「ガーディアン」(電子版)。
8 英国議会ウェブサイト内「トライデント更新―2015議会の重要課題」、www.parliament.uk/business/publications/research/key-issues-parliament-2015/defence-and-security/trident/
9 16年2月25日「フィナンシャルタイムズ」(電子版)。
10 注3と同じ。
11 16年1月11日「ハフィントンポストUK」(電子版)。
12 GMBウェブサイト。
www.gmb.org.uk/newsroom/gmb-trident-successor-programme-conference
13 16年1月17日「ニューヨークタイムズ」(電子版)。
14 16年2月18日「ハフィントンポストUK」(電子版)。
15 労働党の政見サイト「あなたの英国」内。
www.yourbritain.org.uk/news/britain-s-security-labour-s-defence-policy-review
16 16年3月3日「ハフィントンポストUK」(電子版)。
17 16年1月13日「ハフィントンポストUK」(電子版)。
18 16年2月9日「BBCニュース」(電子版)。
19 15年9月27日、BBC「アンドリュー・マー・ショー」インタビュー。文字起こし:news.bbc.co.uk/2/shared/bsp/hi/pdfs/27091501.pdf