2022年度 第5回「脱軍備・平和基礎講座」報告
2022.10.12
「核なき世界へ、核禁条約と核不拡散条約の課題」講師:中村桂子さん(長崎大学准教授)
2022年9月24日(土)14時から16時まで中村桂子さん(長崎大学准教授)による2022年度第5回脱軍備・平和基礎講座「核なき世界へ、核禁条約と核不拡散条約の課題」がオンラインで実施された。講座には合計22名(通し参加者9名、単発参加者4名、スタッフ9名)が参加した。
講座は、核不拡散条約(NPT)と核禁条約の概要について解説した後に、今年6月と8月に開催された核禁条約第1回締約国会議とNPT再検討会議で議論された内容などを紹介し、両者の共通点と対立点を整理したうえで、私たちの課題を考えるという流れで進められた。以下、講義を聞いて印象に残った点、考えさせられた点を述べる。
第一に、核禁条約を支持する国とそうでない国の間の対立の背景には、核兵器に対する思想、換言すれば、認識や世界観に根本的な違いがあるという講師の指摘を聞き、目からウロコが落ちる思いであった。講師によると、核禁条約に反対する国や人びとの多くは、核兵器は自国の安全保障に有用で、かつその保有は大国の証であると認識しているという。直観的な議論となるが、彼らの世界観は、暴力による支配を認める権力者/大国が有する世界観とでも言うべきものであろう。一方で、核禁条約を支持する国や人びとの多くは、核兵器は一発でも使用されれば壊滅的な被害をもたらし、その保有によって人びとの安全を守ることはできないと認識しているという。こうした認識は、暴力を否定する市民/小国の側に立脚した考え方とも言えよう。後者の認識が広まれば、予算編成などの際に核兵器の保有・更新を正当化することが難しくなる。それによって核兵器を減らしたり、手放さざるを得なくなれば、権力者/大国の発言力も小さくなると考え(実際にそうなるとは限らないが)、彼らは核禁条約に対して感情的ともいえる敵対的態度を示したのかもしれない。講師の話を聞いて、そんなことを考えた。
第二に、講師による8月のNPT再検討会議に対するバランスのとれた評価が印象に残った。周知の通り、NPT再検討会議は、ロシアの反対により、最終合意案を採択できなかった。しかし、これはロシア以外の締約国は最終合意案に合意していたと考えることもできる。その合意案は、核兵器の使用と実験による被害者の救済を盛り込んだ点などにおいて、2010年の再検討会議で採択された合意よりも進んだ内容であったという。ロシア以外の締約国は2010年合意より進んだ内容に合意していたという話を聞いて少し元気が出た。
第三に、講義を聞いて、改めて核抑止論について考えさせられた。今年2月にロシアがウクライナに侵攻し、その後、ロシアが核兵器使用の可能性を何度もちらつかせたことは周知の通りである。ロシアのこうした姿勢が、ウクライナ侵攻に対するNATOの方針決定に影響したかは定かでないが、ロシアが数千発の核兵器を保有している事実自体が、NATO軍のウクライナへの派兵やロシアの安全に致命的な影響をもたらし得る高性能兵器のウクライナへの援助を抑止している面があることは否定できない。一方で、核禁条約の第1回締約国会議が発出した政治宣言は「核抑止論は誤りである」と主張し、平和運動を進める市民にもこうした意見をもつ者は多い。確かに、核抑止論に基づいた安全保障は、人類の生存を脅かすリスクのうえに成り立っており、その点において誤りだと思う。しかし、上に述べた通り、ロシアの核兵器はNATOの行動を一定程度抑止しており、核抑止論自体が誤りというのは現実に即した議論とはいえないのではなかろうか。
また、これはNPT再検討会議のNGOプレゼンテーションで耳にしたウクライナ人の訴えだが、ロシア軍は核抑止によりNATO軍による反撃を恐れずに、より好きなようにウクライナを攻撃できており、その結果、ウクライナ市民の被害が増えているとのことだ。こうした状況に対して、平和運動の側は、ただ「核抑止論は誤りである」と言っているだけでよいのか、核抑止論に対する評価も再検討をすべき時期に来ているのではないか。こうしたことを考えさせられた講義であった。
(文責:渡辺洋介)