【「軍事研究」反対を継承】玉虫色の学術会議声明――科学者間に意見の相違も九州大学名誉教授 中山正敏
公開日:2017.09.15
1.はじめに
2015年度から発足した防衛省の「安全保障技術研究推進制度」(安保研究推進制度)をきっかけとして、日本学術会議は軍と科学研究との関係について再検討を行い、17年3月に新たな「軍事的安全保障に関する声明」(9ページ資料)を決定した。この声明は、1950年、67年の「戦争を目的とする科学の研究には絶対にしたがわない」という趣旨の声明を承継するもので、学者の良識を示したものとして評価されている。しかし、少し踏み込んでみると、問題はそう簡単ではない。なお望月衣塑子(「世界」6月号)、小沼通二(「科学」6月号)各氏の論考を参照されたい。
2.声明までの経緯
今回の再検討の起こりは、16年4月の総会における大西隆会長の「大学などの研究者が、自衛目的の研究をすることは許容されるべきだ」という趣旨の私見発言であった。同年6月に杉田敦法政大学教授を委員長とする検討委員会が設置され、委員会には多くの研究者や団体から意見が寄せられた。丁寧な議論を重ね、市民を含めた公開フォーラムを開くなどして、3月7日に声明案が作られて公開され、3月24日に会長、部会長を含む幹事会で決定された。
このような重大事項を総会で決定しなかったのは、奇異である。検討委の議論の大勢は軍事研究の拒否であったが、会長の意見、また小松利光検討委員(九州大学名誉教授)の「外の脅威には自衛力を高めるべきで、研究者も身綺麗ではすまされない」という意見などがあった。隠れ容認派もあるので、50年代のように総会では可決されない恐れ(本誌16年11月15日号の小文参照)があり、妥協の措置であったと思われる。
総会では「声明」が紹介され、9人の会員が意見を述べた。反対は小松会員1人で、「自衛についての議論が不足している。安全保障あってこその学問の自由だ。国民の生命・財産の確保に無責任と思われる」という持論による。他の8人は声明を支持した。羽場久美子会員は、「科学者は戦争をより残酷なものにしてきた。研究資金の議論はプラグマティックであり、思想性に欠ける」と指摘した。アジアの現状についても、「北朝鮮のミサイルを地対空ミサイルで迎撃するのでは戦争を拡大する」という趣旨の発言があり、産経新聞はこれを「浮世離れしている」と論評した。討論の最後に「会長は、声明を守ってください」という野次が飛び、会長は「守ります」と応じたという。
3.声明の内容
しかし声明文の中身は、玉虫色である。まずタイトルは、ずばり「軍事研究への不参加」ではない。大西会長は、「防衛省は軍事研究という言葉を使っていない」と言い続けた。声明文では、「軍事的手段による安全保障にかかわる研究」が、「学問の自由及び学術の健全な発展と緊張関係にある」(強調は筆者による)と認識して、過去の声明を承継するとしている。
声明は安保研究推進制度について、「明確な目的に沿って公募・審査が行われ」、「内部の職員が研究の進捗管理を行うなど、政府による研究への介入が著しい」と述べたうえで、「(制約のない)民生分野への研究資金の一層の充実」を求めている。さらに、いわゆるデュアルユースの問題を指摘し、「(転用の)可能性のある研究について」、「技術的・倫理的に審査をする制度を設ける」ことを、大学などの研究機関に提言している。
これらの見解は妥当と思われるが、総体として例えば防衛省資金への応募を禁止するものではない。むしろ、しかるべき手順を踏めば応募してもよい、と読むことができる。豊橋科学技術大学の学長である大西氏は、「国民の90%が防衛装備の現状維持、さらには向上を求めている」のだから、「応募をしてもよい」という見解である(日経ビジネス電子版、17年4月11日のインタビュー)。ただし、「競争的研究資金(約4千億円)の中で、防衛省の予算(増加しても110億円)は少額なので、民生部門の研究からの転用が考えられるべきで、学術会議の議論はその点についてまだ不十分だ」としている。
4.各大学の反応
もちろん、多くの大学は「大西路線」ではない。新潟大、琉球大では、行動規範として軍事研究を行わない、としている。安保研究推進制度についてのNHKアンケートによれば、「応募を認める」が東京農工大の1大学、「応募を認めない」が九大、東大、早大など16大学、「審査を行った上で判断する」が熊本大や大阪府立大など15大学である。東京農工大は、「申請段階では明確なルール(方針・内規等)がなく、研究受入段階における外部資金等受入審査会において、研究内容に応じた必要な審議・審査を行っている。申請段階での審査は今後検討する」としている。京大、東北大など47大学は、「対応は未定」としている。
九大の例では、「安全保障・軍事技術に関わる研究ファンドへの応募等について」(平成28年4月6日付け九大連企第2号通知)に基づき、役員会において審議し、総合的に判断した結果、平成29年度も引き続き本学としての申請は行わないこととなった」という通知が、4月11日付で各部局長宛に出された。3月に声明が発出されたことが、新年度の方針の早期決定を促したと言える。
日本物理学会では、「内外を問わず軍隊と援助その他一切の協力関係を持たない」という67年年の「決議三」から50周年を記念したシンポジウムが開かれた。席上、防衛省以外にも、米軍資金や企業の軍事技術研究などが大学にも波及している状況が指摘され、企業への就職の問題点も含めた議論がなされた。そして、「学会」の公共性からも、今後も検討して行くとの結論をえた。
5.「声明」反対の動きも
大西氏の意見は、自衛隊が国民に支持されているという現実認識に立脚している。軍事研究に懸念を持つ意見表明が多い中で、最近ネットでは、「防衛研究推進を求める自由市民の会」により声明の撤回を求める署名運動がなされており、すでに3千を超える署名が学術会議に提出されている。筑波大学新聞のアンケートでは、応募について理系学生の42%が賛成、22%が反対なので、応募の禁止は学問の自由の侵害だと非難している。また、安全保障面からの必要性、企業との秘密条項を含んだ研究協力を行っている大学の現実を指摘している。
これらに対して、「声明」が十分に答えてはいないことは、杉田委員長も認めている。物理学会のシンポジウムでは、吉岡斉九州大学教授が、戦後の反省・ヴェトナム戦争反対に代る大義として、アジアの包括的軍縮の一環としての軍事研究の縮減を目指す必要があると述べた。韓国での北朝鮮、中国に対して柔軟な外交路線の新大統領の誕生のように、アジアのほとんどの国では、中国包囲政策を取っていない。
前稿でも指摘したように、軍事研究の問題は、学者の中だけで閉じるのではなく、広く市民の立場から考えねばならない。「声明」では、軍事的でない手段による安全保障研究は容認されていることになるが、経済制裁や社会的圧力などの研究は野放しで良いのだろうか? 総会で片田範子会員は、「声明は人間の安全保障に触れていない」と指摘した。