米国、ベトナムへの武器禁輸を全面解除  「リバランス」と連動した中国包囲策――地域の緊張を高める協力強化

公開日:2017.07.15

 オバマ米大統領は、広島を訪問する直前の5月23日から25日にかけて、ベトナム社会主義共和国(以下「ベトナム」)を訪問した。この訪問には、米国の南シナ海戦略、ひいてはアジア太平洋戦略にとっての重大な意図がこめられていた。かつて戦火を交え、ベトナム側に300万人、米国側に5万5千人以上ともいわれる犠牲者を出したベトナム戦争(ベトナムでは「米国戦争」と呼ばれる)後の両国の国交正常化の仕上げとして米国が約束したのは、一貫して継続してきたベトナムへの武器禁輸の全面解除であった。

武器輸入を拡大するベトナム

 ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が2016年2月に発表した報告書「2015年国際武器移転の傾向」1は、2011~15年と06~10年との国際的武器取引額の比較を次のように要約している。
1) 世界の武器取引の総額は、06~10年に比べ11~15年には14%増加した。
2) 輸入額の最も多い10か国のうち6か国は、次のようにアジア、オセアニアによって占められている。インド(1位、世界の14%)、中国(3位、4.7%)、オーストラリア(5位、3.6%)、パキスタン(7位、3.3%)、ベトナム(8位、2.9%)、韓国(10位、2.6%)。
3) 中東諸国の輸入増が顕著で、11~15年の輸出額は06~10年から61%増。サウジアラビアは同期間比較で275%増、アラブ首長国連邦が35%増、カタール279%増、エジプトが37%増。
4) 一方、世界最大の武器輸出国は米国で取引総額の33%を占めている(06~10年に比べ11~15年は27%増)。次いでロシアが25%(同じく28%増)。フランスは微減、ドイツは半減した。
 ここで注目しておきたいのは、ベトナムが近年、武器輸入を劇的に増加させているということだ。06~10年には世界43位だった輸入額は11~15年には8倍に増加、世界第8位の武器輸入国になった。この伸び率は、同期間の輸入額ランキング上位10か国のうちで最高であった。輸入元は圧倒的にロシアが占め(93%)、イスラエル(2.1%)、ウクライナ(1.8%)がこれに続く(表1)。
 06年から15年の輸入品目をみると、艦艇と航空機がそれぞれ輸入額全体の41%、35%を占め、ベトナムが海・空軍力の増強に力を入れていることがわかる(表2)。11~15年にロシアから輸入された武器には、戦闘機8機、高速攻撃艇4隻、対地攻撃ミサイル搭載の潜水艦4隻が含まれている。

ベトナム「海軍力増強」と中国

 ベトナムが、海・空軍力の増強に力を注いできた背景に、中国との領土紛争があることは言うまでもない。中国とベトナムの海洋における領有権を巡る対立が顕在化したのは、1970年代終期に遡る。以来両国はたびたび衝突を繰り返してきた。緊張関係は、2014年に中国が中越国境沖のベトナムが排他的経済水域(EEZ)を主張する海域で、海底油田探索を開始したことでピークに達し、ベトナム国内での反中国デモや、海上での軍事衝突で死者が出るなどエスカレートしていった。緊張関係は、16年1月に中国が同海域で海底油田の自噴の発見を発表したことでますます高まっている。
 ロシアからの輸入によるベトナムの戦力増強が急速に加速されるのは2011年前後からである(表2)。ベトナムとしては、ロシアから調達してきた艦船や航空機に加えて、情報・監視・偵察(ISR)を強化するためのハイテク装備のニーズが高まっている。一方、米軍の中国本土への接近を阻止するという、米国が「接近阻止/領域拒否(A2/AD)」と名付けた中国軍の態勢に抗して「航海の自由」を確保するとともに、中国の「報復核戦力」の担い手である原潜に対するISRを強化したい米国2にとっても、南シナ海の要衝に位置し中国と対立関係にあるベトナムに、米国と相互運用性(インターオペラビリティ)を有する装備が配備されることは願ってもないことであろう。このような、両国の利害と思惑が交差するところに、今回の米国による「武器禁輸解除」の決定があったと思われる。

中国包囲網の環としての「禁輸解除」

 5月23日に行われた両国大統領による共同記者会見における、禁輸解除に関するオバマ大統領の発言3の抜粋を8ページ資料に示す。オバマ大統領はここで、禁輸解除は中国を意識したものではなく、ひとえにベトナムとの関係正常化を願う立場からの判断であると強調し、禁輸解除にはベトナム国内の人権問題の改善を含めた厳しい条件がつけられていると述べた。しかしオバマ大統領の「合衆国とベトナムは、国際的規範とルールが擁護され、航行と飛行が自由で、合法的な通商が妨げられず、さらに紛争が国際法にしたがい法的手段をとおして平和的に解決される、南シナ海を含む地域の秩序を結束して支持する」という発言が、中国の海洋戦略を批判していることは明らかである。米国が、「禁輸解除」を海洋安全保障全般に関する能力構築を含む援助の一環として提供することによって、ベトナムは米国の戦略により深く関与することになるであろう。すでに2011年には原子力空母ジョージ・ワシントンがカムラン湾に入港するという実績が作られている。記者会見でもオバマ大統領は艦船入港の拡大の可能性があることを示唆している。両国の「関係深化」はそれにとどまらない。社会主義体制を維持しながら、市場経済と自由化を促進する「ドイモイ政策」4をとるベトナムは、すでにTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への参加を表明している。
 2014年にフィリピンとの「防衛協力強化協定」(ECDA)を締結して、20年以上ぶりに同国での港湾を含む基地使用権を拡大した米国は、インドネシアの沿岸警備隊の能力構築支援、マレーシアへの港湾安全保障への支援などによって、この地域での戦略的地歩を固めてきた5(両国へは資金や中古艦艇を提供すると同時に、艦船の一時寄港権を得ている)。この文脈の中でのベトナムへの武器禁輸解除決定が地域に新しい緊張をもたらすことは明らかである。(田巻一彦)


1 http://books.sipri.org/files/FS/SIPRIFS1602.pdf
2 本誌486号(15年12月15日)。
3 ホワイトハウス・プレスオフィス・サイト(www.whitehouse.gov/the-press-office)から日付(16年5月23日)で検索。
4 1986年12月の第6回ベトナム共産党大会で採択。「ドイモイ」は「刷新」を意味する。
5 ファクトシート「東南アジアにおける米国の海洋能力構築」。1のサイトから日付(15年11月17日)で検索。