【NATOと新「冷戦」】 ルーマニアへの陸上イージス配備で新段階迎える欧州ミサイル防衛 軍拡と冷戦構造の再現を誘発
公開日:2017.07.15
16年5月12日、米国がルーマニア南部のデべゼルに建設した地上配備型イージス・システム(以下、「AA=Aegis Ashore」)の運用が始まった。同システムは09年9月、オバマ政権がブッシュ政権時代のミサイル防衛(MD)計画を中止し、代わりに打ち出した「欧州段階的適応アプローチ(EPAA)」1の第2段階として、15年12月に建設を完了していた。主要装備は地上配備型イージスSPYレーダー、MK-41垂直発射装置(VLS)12基、スタンダードミサイルSM-3(Block IB)及び発射管制制御システムである。EPAAとデべゼル施設の概要を説明した在ブカレスト米国大使館のウェブページ2の全訳を4~5ページの資料1に示す。AAがEPAA第1段階でスペインのロタに配備された4隻のイージス艦及びトルコに配備された高性能レーダーに追加されることで、NATOの弾道ミサイル防衛システムが格段にグレードアップされる、と米国とNATOは宣伝している。
5月13日には、ポーランドのレジコーヴォで新しいAAシステムが着工された。18年に運用開始が予定される同システムの仕様は基本的にデべゼルのものと同じであるが、発射装置はSM-3 Block IIAにも対応可能となる予定である、Block IBよりも広い迎撃範囲を持つものとされるBlock IIAは、現在日本と米国が共同開発中である。IIAの配備により、NATOのMDシステムは、欧州全土をカバーすることになるとされる3。同システムの建設にはデンマーク、ドイツ、オランダも資金を拠出する。フランスは、同システムの指揮・管制システムへの信頼性の検証が完了するまで出資を留保中である4。
プーチン・ロシア大統領は13日、これらMDシステムの配備によって「戦略システムがバランスを失い、あらたな軍拡競争の引き金になる」と運用開始を非難した。また、ロシアは艦上配備システムを原型とするAAの発射装置が「本来は、中距離巡航ミサイル・トマホークの発射用であり、簡単にそのようなミサイルの発射用に改造することができる」と指摘、同システムの配備自体が1987年のINF条約5違反であるという従来の主張を繰り返した。このようなMD批判は、7月1日のロシア・フィンランド首脳会談後の記者会見においても繰り返された(5ページの資料2に抜粋訳)。これに対してNATOは、「地政学的にも物理的にも、NATOのシステムでロシアの大陸間弾道ミサイルを撃墜することは不可能」である、さらに、トマホーク発射装置への転用の可能性は技術的にありえない、と反論している。
このように、5月のMD施設の運用開始は、ロシアとNATOの関係をより悪化させる要因となった。7月8~9日に開催された、NATOワルシャワ・サミットにおいても、ロシアへの批判と警戒が表明された。同サミットのコミュニケ6は、14年9月のウェールズ・サミットで合意された「即応行動計画(RAP)」、「NATO即応部隊(NRF)」の即応態勢向上と規模拡大、「高度即応統合任務部隊(VJTF)」の拡充などの意義を再確認した。
6月10日から10日間にわたって、NATO軍はポーランドにおいて大規模な共同演習「アナコンダ2016」を行った。同演習は陸軍を中心に3万1,000人の兵力が参加する冷戦終結後最大規模の演習であり、ロシアからは攻撃的行動と解釈される可能性をはらむものであったことをNATOの軍人も認めている7。
NATOは自らの軍の態勢は「本質的に防衛的なもの」(ワルシャワ・サミット声明)であると強調する。しかし、このような即応部隊の編制や共同作戦演習を含む文脈に置かれた時、MDが文字通りの「防衛的」兵器システムであるという説明には全く説得力はない。
ロシアのINF条約違反も誘発
米ロの間にわだかまるINF条約「不履行」問題にも、AAシステムの配備と活性化は影を落としている。
ロシアがINF条約に違反する地上発射巡航ミサイル(GLCM)、地上発射弾道ミサイルを取得しようとしているとの情報を米情報部が掴んだのは、08年とされているが、米国務省とロシア外務省がこの問題を初めて議論したのは13年のことであった。米国務省は、2014年の「コンプライアンス・レポート」8に初めてこれを記載し公式に問題化したが、ロシアは否認しつづけている9。ロシアの条約違反の動機には次の要因が含まれると米政府は分析している。①条約締結当時に比べ中距離ミサイルを保有する国が増加した(中国、イラン、パキスタン)にもかかわらず、条約が2国に限られているのは不公平であると考えた(事実、米ロは共同でINF条約の多国間条約化を国連に提案したが受け入れられなかった経過がある)。②EPAAによるMDシステムの欧州配備を脅威と感じ、それらの施設を射程に収めうるミサイルが必要であると考えた10。すなわち、東欧へのMDシステム配備がロシアの条約違反を誘発していることを米国政府自身が認めているのである。
新しい冷戦構造も誘発
6月26日、中国の習近平国家主席とプーチン大統領は北京で会談し、「世界の戦略的安定を強化するための中ロ共同声明」に署名した11。共同声明は「世界的な戦略的安定性に影響する否定的要因」に対する懸念を表明し、「ある国々もしくは政治的―軍事的同盟が、国際問題に対して、武力行使もしくは行使の威嚇により自らの利益を守るために軍事及び関連技術における優位を追求している」と述べた上で、「対ミサイルシステムの世界中への一方的配備」として「AAシステムの欧州配備」と「高高度防衛ミサイル(THAAD)」を例示して非難した。
米国が主導するMDによって、冷戦時代に回帰するかのような2陣営の対立構造が作り出されているのである。(田巻一彦)
注
1 本誌338号(09年10月15日)及び422号(13年4月15日)参照。
2 在ブカレスト米国大使館「欧州におけるミサイル防衛の実施」(16年5月11日)。
3 キングストン・ライフ「ルーマニアのミサイル防衛が活動開始」、「アームズ・コントロール・トゥデイ」、16年6月号。
www.armscontrol.org/ACT/2016_06/News/Romania-Missile-Defense-Site-Activated
4 同上。
5 「中距離及び準中距離ミサイルの廃棄に関するアメリカ合衆国とソビエト社会主義共和国連邦との間の条約」(87年12月8日署名、88年6月1日発効)。射程距離が500kmから5,500kmまでの範囲の地上発射型弾道ミサイルと巡航ミサイルの全廃を義務づけている。
6 www.nato.int/cps/en/natohq/official_texts_133169.htm
7 「ガーディアン」電子版、16年6月6日。
8 正式名称は「軍備管理、不拡散及び軍縮条約もしくは誓約の遵守と履行」(2014年版)。
www.state.gov/t/avc/rls/rpt/2014/
9 経過については、米議会調査サービス報告書「ロシアによるINF条約の履行:背景及び議会の課題」(16年4月13日、R43832)に詳しい。
10 同上。
11 「人民網」電子版、16年6月26日。